レベルの高さに驚いたサッカー留学。

1992年4月

国/都市 ブラジル(サンパウロ)
渡航期間 半年以内〜

留学へ行くことになったきっかけや目的はなんですか?

1991年当時はJリーグ設立への動きが活発化しており、日本でもプロのサッカー選手が誕生する状況になっていました。私もプロ選手を目指していましたが、大学や実業団で結果を残すより、サッカーの本場で修業した方がメリットがあると考えていました。サッカーは国によって特徴があります。日本で練習し続けると日本式のサッカーが身に付きます。その日本で活躍する為には違う国のサッカーを知っておいた方が優位に立てると考えたのです。もちろん学ぶなら欧州かブラジルということになります。日本よりワンランク高いレベルを誇るサッカー大国です。ブラジルを選んだのは、親戚の方がブラジルで農園を経営しており、現地のクラブにツテを持っていたからです。そして現地クラブの練習生として半年間の留学が決まりました。目標はもちろん現地のサッカーを学ぶことですが、そのまま現地リーグの選手になることも考えていました。

具体的にどんな留学をしましたか?

良かったのはやはりそのレベルの高いサッカーを身を持って体験出来たことです。やはり日本のサッカーとはレベルも方法論も違いました。最初は付いていくだけでも苦しかったです。それは使う筋肉がこれまでと違ったのだと思います。練習量は日本より少なめでしたから。悪かったと言いますか、困ったのはやはり言葉の問題です。留学前に基本的な勉強はしていたのですが、実際にはなかなか通用しませんでした。これが練習していく上での大きな壁になってしまいました。必死で頑張ったサッカー留学でしたが、言葉の問題もあってある時点からはマンネリ気味になってしまいました。さらに留学を続けることも可能でしたが、サッカー大国ブラジルでは下部リーグでさえ選手になるのは難しいと判断しました。

留学経験者のきになるそのあと。

帰国後は実業団入りを目指しましたが、上手く行きませんでした。痛めていた膝が悪化したのが原因です。結局プロのサッカー選手になるという夢は、残念ながらJリーグ設立以前に終わってしまいました。でもサッカーは好きですので、20年以上に渡って少年サッカーの指導員を仕事と平行してやっています。

レポーター ais052さん(18歳)
留学目的 習い事・おけいこ
滞在方法 無回答
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