【体験談】人生観が変わった!オーストラリアの高校留学とホームステイ
2018.08.24
留学くらべーる編集部
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目次
プロフィール
項目 | 概要 |
---|---|
名前 | pirakoさん |
渡航期間 | 3か月 |
渡航先の国/都市 | オーストラリア/メルボルン |
渡航時の年齢 | 17歳 |
どうしても海外で生活してみたい!
わたしは中学生の頃、ロリー・カプランというキーボードの天才奏者に憧れるようになり「いつかこの人に会いたい!」というちょっと変わった理由から、英語の勉強に力を入れるようになりました。
そして高校選びでも、アメリカやオーストラリアへの交換留学がある高校を選び、自分の学力と相談して某埼玉県の県立高校へ入学しました。
1年生の時、その交換留学でオーストラリアの女の子がホームステイで我が家に!
初めての白人女性との共同生活には結構な衝撃を受けました。
そして、絶対わたしも向こうに行きたい!と思ったのです。
そして、高校留学へ
2年生になったとき「交換留学の2週間では足りない」と思い、自分の高校の校長先生とオーストラリアの校長先生に直談判して勝ち取ったのが、3か月の短期留学です。
私は高校2年の2学期のほとんどを、オーストラリアの高校で学生として生活することになりました。
ホームステイ先は、1年の時に受け入れた女の子の家庭にお願いしました。
現地の高校で実際に授業を体験!
晴れて留学生としてオーストラリアに行けるようになった私。
両親に成田空港まで見送ってもらい、1人カンタス航空でメルボルンへ向かいました。
17歳、もちろん初めての海外です。
メルボルンに着くと、ホームステイの家族が空港まで迎えに来てくれていました。
英会話を特訓していたおかげで、挨拶や会話もスムーズにできました♪
そして、翌日からいきなり学校への登校がスタート!
私は高校生でしたが、英語力を考慮して中学生のクラスへ編入することに。
中学生のクラスでは、もちろん授業はすべて英語で、分かるのは数学くらい。
国語や社会は英語が難しすぎて、まったくついていけませんでした。
体育の授業や演劇の授業などは、すべての授業に正式な生徒として参加しました。
高校生活を通して得たもの
これらの体験を通して私が得たものは、一言でいうなら「日本がすべてではない。日本の考え方、常識、しきたりがすべてではない」。
オーストラリアの学生は授業中にリンゴをかじっていたりと、日本から来た私には衝撃的な場面もありました。
ですが、授業中に寝ている生徒は1人としていません。
みんな真面目に授業を受けています。
そして生徒たちは私をとても暖かく迎えてくれました。
私は年上でしたが、背が低くてアジア人で童顔だったので、クラスでは「リコ、リコ」と結構人気者に…。
たくさんの友達を作ることができました。
友達との絆
高校留学当時に仲良くなった友達とは、今でもFacebookで交流しており、お互いにいつかまた会おうと約束しています。
そして、「いつかわたしの子どもがオーストラリアにワーキングホリデーに行くから、そのときはよろしくね!」と頼んであります。
高校留学で得た体験と友人は、私の子どもたちへと受け継がれようとしています。
帰国後の人生観の変化
帰国後、私は普通の日本の高校生に戻り、普通に大学へ進みました。
卒業後は、留学で得た英語力を生かして、外資系企業の営業事務職に就くことに。
そして、その会社で3年務めた後、オーストラリアへは行かず、また違った文化を見たいと思い、東南アジアのタイのバンコクで就職!
高校での留学経験により、10代の頃から国際的に物事を考える力が付き、活躍の場は日本だけではないと思うようになりました。
そして、世界を見て、旅をして、多くの国を見て回り、見聞を広めました。
日本しか知らなかった17歳の女の子は、高校留学によって「生きていく場は日本だけではなく、世界中のどこでも良いのだ!」と思ったのです。
世界を知ったことにより考え方が柔軟になり、生きるのが楽しくなりました。
それが、私が留学生活で得た最大のものです。