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【体験談】カナダ・バンクーバーのワーキングホリデーで仕事、挫折、恋愛を経験して見つけた新しい自分!

2018.08.24

留学くらべーる編集部

【体験談】カナダ・バンクーバーのワーキングホリデーで仕事、挫折、恋愛を経験して見つけた新しい自分!
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今回ご紹介するのは、カナダのワーキングホリデーを経験されたErikaさんの体験談です。

Erikaさんは大変だった仕事探しや、国際色豊かなルームシェア、DJの彼氏との恋バナなど、いろいろなお話を聞かせてくれました!カナダのワーホリで何ができるのか知りたい方は、ぜひご覧ください♪

プロフィール

項目 概要
名前 Erikaさん
渡航した年 2014年4月~
渡航先の国/都市 カナダ/バンクーバー
渡航時の年齢 22歳

イギリスワーホリ落選でなんとなく選んだカナダ

私はもともと“将来は外国に移住したい!”という夢があり、10代のころから大好きだったハリーポッターの国、イギリスに渡英する予定でワーキングホリデーの準備を進めていました。

1年半で貯金したお金と、頑張って勉強してきた英語をついに使うときがやってきたのが2014年。
イギリスのワーキングホリデービザ(YMS)は毎年抽選で1,000名しかもらえないと聞いていましたが、ダメもとで応募をしました。そして見事に次の週に落選結果が届き、惜しくもイギリスを断念。

残念ではありましたが、2014年にワーキングホリデーに行くという固い意志を持っていたので、カナダ留学経験のある友人の勧めでカナダ・バンクーバーへの渡米を決めました。
ビザの申請はスムーズに進み、およそ1ヶ月ほどでワーホリビザ、航空券、語学学校、海外留学保険のすべての準備が整いました。

カナダはきれいなアメリカ英語で訛りがほとんどなく、バンクーバーであれば気候もよく住みやすいという評判。私の1年のカナダワーホリでの目標はシンプルにこうでした。

<1年間で英会話を上達させること、楽しんで生活し、楽しんで働くこと。>

難航したバンクーバーでの仕事探し

仕事探し

カナダに渡航し、1ヶ月間の語学学校卒業後、作りたての英語の履歴書を手に、仕事探しを始めました。

ですが、すぐに仕事が見つかると思っていた私が馬鹿でした。日本でのホテル勤務経験を生かしてダウンタウンのホテルや旅行代理店中心に応募する日々が続きましたが、私が持っているのはワーキングホリデーという1年間限定のビザ。

日本での経験があるというだけで、1年間とわかっていて雇う雇用主はほとんどいません。それに海外経験のない私の英語は100%のネイティブ環境では不十分なレベルです。ですが、絶対に英語を使って接客すると決めていたので皿洗いや、キッチンなどの裏方の仕事には応募せず、あくまで接客業に絞って探していました。

貯金は着実に減っていきあせった私は妥協案でとりあえずジャパレス(日本食レストラン)のウェイトレスに数件応募しました。すると、一発合格。
早速従業員が全員日本人の”居酒屋レストラン”での勤務が始まったのでした。

ダウンタウンで超インターナショナルなジャングルハウス生活

ダウンタウンハウス

語学学校のホームステイ後は、ダウンタウンで好立地、安家賃のタウンハウスに住むことが決まりました。

家賃が安い代わりに、ブラジル人の女性と2段ベッドつきの相部屋です。このタウンハウスはベッドルームが3つ、窓のない小部屋、窓際のソラリウムという5つの部屋があり、合計総勢11名で暮らす通称”ジャングルハウス”と呼ばれていました。

部屋は相部屋で広いとはいえませんでしたが、共有のリビングとキッチンは広く、常にシェアメイトの誰かがご飯を作ったり、大きなソファでテレビを見たりゲームをしていました。

ブラジル人のルームメイトに加え、メキシコ、日本、韓国、パキスタン、フィリピン、オーストラリアと住んでいる人の国籍はさまざまです。国際色豊かなハウスメイト達に囲まれ、ナイトマーケットや地元のパブに行ったり、リビングでいろんな話をしたりして過ごしました。それぞれのバックグラウンドが違うからこそ、お互いを尊敬しあい楽しく過ごすことができたのだと思います。

ケベックで現地ガイドを経験!!猛勉強と金欠の日々

ケベック

夏も終わりに近づき、バンクーバーに着いてから5ヶ月が経とうとしていたころ、私は今の生活に疑問を抱きはじめました。

仕事は日本食レストランで深夜3時過ぎに帰宅する日々が続き、お休みの日に遊ぶ友達はほとんど日本人。

このままで1年間過ごしていいのかな…何かまったく新しいことに挑戦してみたい!そうして見つけたのは秋の紅葉シーズン限定で募集していたケベックでの日本人現地ガイドの仕事でした。とりあえず新天地に行って頑張ってみよう、怖いことなんて何もない。そんな潔い気持ちで9月1日に心機一転、ケベック州の首都ケベックシティに引っ越しました。

ケベック

もちろんケベックのことなんて何も知りません。2週間毎日無給でガイド研修を受ける日々が続きました。

もともと外国の歴史を知ることは好きだったのですが、今回は仕事のための勉強ということで、カナダの発祥地であるケベックの歴史を1から10までをお客様にカンペなしでうまく解説できるようにならないといけなかったのです。

同時に、”2週間無給”というお財布にとってはかなり苛酷な環境。自炊のできなかった私が一番成長したのはこの2ヶ月間でした。詳しくは長いので省きますが、無事に2週間後ケベックガイドとしてデビューでき、勉強の甲斐あって少しですが楽しみながらガイドの仕事をしている私がいました。

やっぱり来てよかった。契約期間が終わるころには海外で観光ガイドを務めたという私に自身が持てたのでした。ただ、バンクーバーに帰る航空便で、私の財布はついに底をついたのでした。。。

再びバンクーバーへ、カナダを大好きにさせてくれた彼氏との関係

出会い

ケベックに行く直前、友人を介してカナダ人の彼氏ができました。ケベックでは遠距離でしたが2ヶ月間を無事に乗り越えて、バンクーバーでやっと彼と信頼関係を築きだしました。

しかし彼はDJ。バンクーバーの友人は言います。

「大丈夫なの?」「相当プレイボーイだよね?」

はい、そうです。相当プレイボーイでした。
しかも告白されたときの言葉は、「カナダにいる間だけ付き合ってくれないか?」

え・・・何それ!!と正直思いました。

それでもOKした私の真意は、英語の練習ができるから。(でもこれって公平ですよね。彼だって期間限定で付き合おうって言ってたんですから。)

そんなこんなで始まった交際も紆余曲折ありました。DJということをはじめ、彼の周りで起こっていく日本ではありえなかった面白い人間関係と事件、事故。彼の女性遍歴に2年たった今でも戸惑うことが多々あります。

そんな刺激的なバンクーバーの毎日に病み付きになってしまった私。ワーキングホリデーが終わるころには、”ずっとバンクーバーにいたい”、そう思えるようになっていました。

それに、いろいろあったワーホリの日々を乗り越えた自分に、英語含め、相当の自信がついていました。
そんな私の決断を聞いた彼の口からは、Erikaが戻ってくるのを待ってるという言葉が。そして私は今、バンクーバーに戻るための準備中で、日本に帰国しています。

”愛してる””待ってる”その言葉がこれまで築いた信頼関係の証だと思って、また遠距離ではありますが強く気持ちを持って、もうしばらく日本で頑張ろうと思います。

一生に一度しかできない経験、ワーキングホリデー

ワーキングホリデー 1年間のワーキングホリデー後、観光ビザでのバンクーバー滞在を経て、今では胸を張ってカナダに2年滞在していました。と友人や初めて会った方にいえる私がいます。

それは、カナダですごした日々に自信が持てているからです。最初は行ってみよう、新しいことをやってみよう、話しかけてみよう、そんな小さい行動からはじめたこと。今ではそのひとつ一つの行動が私のカナダ生活を結果的に充実させてくれたんだなと思っています。

海外に行ってみたいなと思っている方、ぜひ行動してください!!そして、その夢に向けて具体的に準備をはじめてみてください。きっと形になった時大きな自信になります。将来日本に戻るとしても、住み続けると決心したとしても、成長できたと実感するはずです。

カナダのワーホリビザも抽選式に!

いかがでしたか?

イギリスワーホリを夢見て準備をしていたErikaさんは、ビザの抽選に落ちた後、すぐにカナダでのワーホリに切り替えました。ひとつの国に固執することなく、自分の目標に向かって柔軟に対応した彼女の姿が印象に残ったという方も多いのではないでしょうか?

カナダのワーキングホリデーも現在は抽選となり、早く応募した方から随時選ばれていくという流れになりました。
「今年こそは!」とお考えの方は早めに行動を始めてくださいね!

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