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(2018年12月18日更新)

【体験談】英語が喋れないのにオーストラリアでワーホリ!?でも、天職に出会えました

2018.09.06

留学くらべ〜る編集部

プロフィール

項目 概要
名前 ぽんたさん
渡航した年月 2009年4月
渡航期間 2年間
渡航先の国/都市 オーストラリア/ブリスベン
渡航時の年齢 21歳

母の看病の終わりと海外への興味

普通の人はきっと英語がうまくなりたいとか、その国にどうしても長期滞在したいとか、そこでしか学べないものがあるとかそういうものなんでしょうね。

私の留学のきっかけはふと行きたいなと思ったという程度でした。
私の母はがんで亡くなりました。
余命が近くなってきた時に私は仕事を辞め、母の残りの時間を一緒に過ごしました。

母が亡くなって少し時間が経ち落ちついたときに、何を今後しようと考えました。
そして、海外に行ったことがなかったので、ワーキングホリデーをしてみようと思いました。

ワーホリを決めた理由

目的としては、小さい自分を大きくしたいという思いがありました。
昔から人付き合いはうまいのですが、浅く広くというか本気の付き合いができないところがありました。
どこか自分に自信が持てなかったのです。

英語も喋れない私が海外に1人で行って1人で生活していく。
もしワーキングホリデーを成し遂げることができたなら、少しは自分自身に自信が持てるんじゃないかと思いました。

とにかく英語が分からない

私は2009年4月から2011年4月までオーストラリアにワーキングホリデーをしました。
私のワーホリは、まず英語との闘いでした。
なにせ私は中学時代から英語を勉強してこなかったのですから。

ブリスベンに降り立ってからは宿の予約から買い物までもちろん英語。
これが全然ダメでした。
このままでは何もできずにお金がなくなって帰ることになってしまう…と恐くなった私は、街で目に入ったイングリッシュスクールのドアをノックしました。

英語を学んで、なんとか話せるように

そしてカウンターで「I Wanna study english」と一言。
そこからは英語で何言われてるか分かりませんでしたが、1か月間の入学コースに入りました。

周りの生徒も外国人で先生も外国人。
やっぱりこういう環境が大事なんでしょうね。

1か月で私は英語でなんとか生活をやっていけるだけの力が付きました。
そして、ここで問題が!

ついにお金が底をつきました。
友達と毎晩飲みに行ったのが原因です…。

仕事がスタート!

そこからが本当の私のワーキングホリデーだったんだと思います。

ブリスベンで見かけた求人に電話してから3日で街をガトンという街に移動。
そこは農業の仕事がたくさんある街で、私は毎朝5時に仕事にでかけ14時ごろに帰ってくるという生活を始めました。

主に農作物の収穫をするのが仕事です。
元来私は手先が器用だったので、この仕事でバリバリ稼ぐことができました。

大体月に3,000ドル(30万円くらいです)ほど稼ぐことができました。
それからは貯金が貯まるとオーストラリア国内やアジアの国へ旅行にでかけました。

私のワーキングホリデーは結局のところ、ほぼワークと旅行をする2年となりました。

イチゴの収穫

農業に魅せられて

帰国後、私は北海道の農業法人に就職しました。
主に春はレタス、夏はトマトを作っています。

あの2年のワーキングホリデーで私は自然の中で生活するのが好きになってしまいました。
好きなことに出会わせてくれたオーストラリアに感謝しています。