【体験談】韓国のワーキングホリデーを通して、自分の夢を発見!
2018.08.24
留学くらべーる編集部
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目次
今回ご紹介するのは、韓国のワーキングホリデー体験談です。
20歳で渡韓した「たけの」さんが、韓国で仕事をする際に注意しなければならないことや、驚いた文化の違い、ワーホリを通して見つけた自分の夢などについて語ってくれました♪
プロフィール
項目 | 概要 |
---|---|
名前 | たけのさん |
渡航した年 | 2010年5月 |
渡航先の国/都市 | 韓国/ソウル |
渡航時の年齢 | 20歳 |
旅行で行った韓国、もっと魅力を知りたい!
私はもともと韓国ドラマが好きで、高校生の時に友達と初めて韓国旅行へ行きました。はじめての海外旅行、それもずっとドラマで見てきた韓国!という事で、行く前からテンションが上がりっぱなしでした。空港に着いた瞬間のドキドキ、ワクワクした気持ちは今でも覚えています。
そして、観光で南山タワーや明洞などの有名スポットを見てまわり、おいしい韓国グルメやショッピングを堪能しました。そして帰りの空港でふと、韓国で生活したい。と思い、帰国してから韓国語の猛勉強を始めました。
何がきっかけかわからなかったのですが、今思えば、韓国の賑やかな雰囲気や屋台の懐かしい感じを心で感じたことがきっかけになったんだと思います。
ワーキングホリデー制度との出会い
韓国で生活したい、その気持ちで帰国して、私はすぐに留学について調べ始めました。
しかし学費や生活費、旅費などを計算してみると高校生の私には想像もできない額で、どうしようかと悩んでいました。
その時母が教えてくれたのがワーキングホリデーです。1年間韓国で仕事をしながら生活ができる、そう聞いて、それなら自分で稼ぎながら韓国に行けると思い、ワーキングホリデーを選びました。
そして憧れの韓国へ!
韓国語に自信がついてきて、お金もある程度溜まったので、ワーキングホリデーで韓国へ。持って行ったお金は50万円くらい。最初の3ヶ月は働けなくても大丈夫なように用意していきましたが、その後も結構余裕がありました。
韓国に到着してからは、ゲストハウスに泊まりながら家を探しました。ゲストハウスは1泊2,000円~3,000円くらいでした。
インターネットでコシウォン(シェアハウスのウィークリーマンションようなもの)を探したのですが、明洞や狎鴎亭など有名な場所以外にもたくさん募集がありました。また、日本のサイトでも紹介されていたので住む場所を探すのには困りませんでした。
最初の1週間は住む場所探しや銀行口座の作成、発効までに時間がかかる外国人登録をしたりしてかなりバタバタでした。
思うようにいかない時もありました
インターネットで見つけたコシウォンに引っ越してすぐにアルバイトを探そうと思ったのですが、ここでトラブルが…。
アルバイトを探すにはケータイがないとダメなのですが、ケータイを契約するには外国人登録書が必要なのです。外国人登録は1ヶ月くらいかかるのですぐにはアルバイトに応募ができませんでした。
1ヶ月なにもできないのでどうしようかと思っていたときに、友達から1ヶ月単位で通える韓国語学校があるよ、と教えてもらったので、狎鴎亭にあるイージーコリアンアカデミーという学校で、1ヶ月だけ中級の授業を受けました。
そこで担任だった先生がとても熱心で、韓国の生活や仕事の探し方などいろいろと教えていただきました。
やっとのことでアルバイト
外国人登録書の申請から1ヶ月、やっと登録ができ、ケータイを契約することができました。
そしてアルバイト探しを始めたのですが、アルバイトも日本のタウンワークのようなアプリや、お店の前の張り紙などたくさん選択肢があったので、そんなに大変ではありませんでした。そして私がアルバイトに決めたのが、韓国のファストファッションの販売員です。もともとファッションに興味があり、日本人のお客さんもたくさんくる場所だったので、すぐに応募しました。
面接では日本と同じような事を聞かれ、その日のうちに採用が決定しました。この服屋さんの時給は日本円で700円でした。他のカフェやお土産屋さんだとだいたい500円くらいなので、韓国では高い方です。
韓国のワーキングホリデーはかなり自由に働けるので良かったと思います。ただ、全体を通して思ったのは、やっぱり韓国語はできる状態で行った方がいいという事です。住む場所をすぐ探せたのもアルバイトに応募できたのも韓国語ができたからなので、勉強していってよかったと思いました。
バイト先の友達
アルバイトを初めてすぐ、日本人という事でたくさんの従業員に話しかけてもらいました。韓国には日本が好きな人が多くて、バイト先でも友好的に関わろうとしてくれて本当にうれしかったです。
アルバイトではフィッティングルームの管理や服の整理に値札付け、レジを日替わりで担当していました。語学力で足りない部分は仲間や先輩がサポートしてくれ、アルバイトが終わった後に韓国語を教えてもらうこともありました。
週末なども仲間と遊びに行ったり、飲み会をしたりしてアルバイト生活も充実していました。ただ韓国では友達=家族のような考えがあるので、仲間うちの距離が近く、日本人の私にとってはたまーにおせっかいと感じる事もありました。
一番びっくりしたのは道を歩いていた時、友達に手を繋がれたことです。女の子同士では当たり前の事らしくて、最初は抵抗がありましたが、日本に帰って来てからはちょっと恋しいな…と思ったりします(笑)
帰国、新しい夢
1年があっという間に過ぎ、いよいよ帰国。アルバイト先の友達とは今でも連絡を取っていて、彼らが日本に遊びに来たときは必ず会って、近況報告や働いていた時の話をします。
私が韓国に行っていた時の一番の心残りが、日本語を教えて!と言われたときに上手に教える事ができなかったことです。韓国語や仕事、韓国の文化など教えてもらってばっかりだったのに、私は何もできなかった、と。
それで帰国後選んだのが日本語教師という仕事です。韓国にいたときには教わってばかりでしたが、今では私の方が外国人に日本語や文化などを教えています。きっとワーキングホリデーへ行かなかったら全然違う仕事をしていたと思いますし、日本語教師なんて職業を調べる事もしなかったはずです。
韓国語の先生やバイト先の仲間と出会えたからこそ日本語教師としての夢を持てました。私にとってワーキングホリデーは大切な仲間と夢に出会えた、人生で一番大きな経験だったと思います。
韓国のワーキングホリデーで異文化交流!
いかがでしたか?
韓国への強い憧れから韓国旅行、そしてワーキングホリデーへと行動を移したたけのさん。韓国ワーホリ中の心残りが、今の日本語教師という仕事に繋がりました。
自分の夢のきっかけが何なのかはその時にならないと分からないものです。もしかすると、あなたも日本以外に夢のきっかけが転がっているかもしれません☆
ワーキングホリデーに少しでも興味を持った方は、資料請求やエージェントへのお問い合わせをしてみてくださいね。